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場面緘黙(かんもく)症・選択性緘黙症だった私 ブログ開始に際して

私が「場面緘黙症(かんもく症)・選択性緘黙症」という言葉を知ったのは、
つい最近のことです。
ネットでこの言葉を発見し症状を確認すると、
まさに過去の自分と全く同じ症状で、とてもビックリしました。

まさか過去の自分の状態に、
こんなにはっきりと病名がつくなどとは思ってもいなかったのです。

今までは、「対人恐怖症による極度に臆病な性格」
という感じで過去の自分を定義していました。

性格ではなく、緘黙症という病気だった、
という大義名分ができて嬉しい気持ちと、
病名が付いた今の時代に生まれていればもう少し楽だったかもしれない、
と、ちょっと悔しい気持ちも混ざった複雑な気分でした。

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場面緘黙症(選択性緘黙症)とは

「場面緘黙症」というのは、ある場面で自分から必要最小限の事以外、
話すことができない症状のことを指します。

極度に恥ずかしくて話せないのは人見知りと同じですが、
人見知りの人が最初は話せなくても、
相手や環境に慣れていけば次第に話せるようになるのに対して、
緘黙症は、その場面(環境)が続く限り、
いつまでたっても自分から話すことができないという違いがあります。not_speak_small

「必要最小限の事」というのは、言わなければいけない用件などです。

例えば、廊下で先生に会い、
「A君に職員室に来るよう言ってきて」と頼まれれば、
A君の所へ行って「先生が職員室に来るよう言ってたよ」
と話しかけることはできました。
(私の場合はです。他の緘黙症の方は違うかもしれません)

ずっと出来なかったことは、
特に必要ではない冗談などのコミュニケーション、
友達と仲良くする為の雑談等です。

自分が話せることは、先生やクラスメイトから何か質問されたときと、
誰かから頼まれたことを言わなくてはならないとき。

あとは気分が悪い、お腹が痛いなどの緊急事態を先生に報告することはできました。
(ギリギリまで我慢しますが)

その際も手を挙げて発言することはできず、
先生の所へ歩み寄って小声で伝えるという感じです。

場面緘黙症の「場面」の意味

「場面」というのは私の場合、
学校のクラスや塾、アルバイト先など、公的、あるいは社会的な場所であり、
これらの場所では自分から用件以外を話すことができません。

一方、私的な場所である家庭、親戚の集まり、近所の友達同士の集まり、
家族や親戚・友人との旅行先等では、
普通に雑談やくだらない冗談も話すことができます。

公的な場所と私的な場所に完全に線が引かれていた状態でした。

そして何故そうなってしまうのか自分では全く分からず、
その問題についていくら考えても、ただ極度に臆病な性格に生まれた自分が悪い、
という結論になってしまい、気が滅入るだけだったので、
なるべく考えないようにしていました。

そのため、現実逃避しようとする傾向がとても強い子供だったと思います。

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