スポンサーリンク

場面緘黙症脱出のチャンス、誰も自分を知らない 高校入学

高校は自宅から電車やバスを乗り継いで1時間くらいの距離がありました。

クラスには誰も知り合いが居なかったので、
ここで話せれば普通の生徒として生きていくことができるかもしれない。

そういう淡い期待もありましたが、
やはり新しい生活への不安のほうが大きかったです。

スポンサーリンク

クラスにはすでに地元の中学で顔見知りのグループもあり、
最初から友人関係がある生徒もいました。

私はじっと他の生徒達の様子をうかがうばかりでした。
最初は話しかける生徒がおらず、
自分と同じように一人で行動している生徒もいます。

まだあの人も誰とも喋ってない、
とか観察するばかりで行動は何も起こせません。

 
このとき、教室で誰かに話しかけるのは無理だと思いました。
何を話せばいいのか、どのタイミングで話しだすのか検討もつきません。

しかも私は自分と同じような内気で他に友人がいない人と話したいと思っていました。
そういう人でないと友達にはなれないと思いこんでいたのです。

しかし、内気な人は自分から話しかけません。children-hands
どこかで二人きりになって少しずつ話すしかないのです。

 
社交的な性格の生徒は色々質問してきたりします。

そういう生徒には特に劣等感があるので、
質問されたことには答えられますが、
「じゃあ○○君はどうなの?」と返すことができないので、会話が続きません。

結局あれよあれよという間に、
中学時代と同じ状態になってしまいました。

 
女子生徒が「Taij君はいつになったら慣れるんだろうね」と言い、
男子生徒が「ずっとこのままなんじゃね?」と返したのが、
印象に残っています。

一度喋らないキャラを作ったら、もう設定を変えることはできない。

この強い思いこみもあるので、自分が喋れないことは、
高校1年の最初の一カ月位で、決まってしまったのです。

私自身が多分このまま同じだろうと男子生徒と同じ想いでした。

しかし女子生徒が言った「いつになったら慣れるんだろう」という言葉は、
この先徐々に慣れていって喋るようになってもいいのか?
という自分への疑問として心に残りました。

 
とにかくこの時、自分の持っているあまりにおかしい感覚に、
自分で変だということに気づくことができませんでした。

そしてこのおかしな思い込みこそ、
場面緘黙症の正体なのだと思います。

スポンサーリンク

次の記事⇒結局場面緘黙症は治らず卒業アルバムはゴミ捨て場に処分 高校卒業


↓応援よろしくお願いします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ