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結局場面緘黙症は治らず卒業アルバムはゴミ捨て場に処分 高校卒業

結局高校に入っても何も変えることはできませんでした。
周りはそれぞれクラブ活動や友人同士で遊んだり、
青春を謳歌しているという感じでしたが、自分は何もできません。

学校の雰囲気はとても明るく、陰湿ないじめなどもありませんが、
私はクラブ活動等もやらず、
コミュニケーションに関しても相変わらず受け身のままでした。

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黙って授業を聞き、一人で弁当を食べ、
学校が終わったらいそいそと家に帰る。
ひたすらこの繰り返しでした。

後から考えると、このときにもっと、
人生を考える本などを読めばよかったと思いますが、
そういう発想もありません。

休み時間もトイレ以外は動かず、
図書室で過ごせばどれだけ有意義だったかとも思いますが、
なぜかそれもできず、席で本も読めません。

何を読んでいるか知られたら困るからです。
(かばんには文庫本が入っていて、帰りの電車でSF小説やアルセーヌルパンなどを
読んでいました。)

何故知られたら困るのかも分かりませんが、何もかもが恥ずかしく、
自分の考えや私生活について知られたくありませんでした。

 
良くなったことは、
テスト前には少し勉強できるようになったことぐらいです。

 
思春期になり、自意識はより一層強くなり、
正月の集まりなどで親戚の人に会っても、
はしゃいだりできず、おとなしくなりました。

高校1年くらいまでは、近所の友達と遊ぶこともありましたが、段々それも減り、
友人はA君くらいで、家に居ることが多かったです。3060945002_8a84c74113_m

家ではこの当時普及しつつあったパソコン(当時はマイコンと呼ばれていた)にはまり、
ゲームばかりしていました。

プログラマーになろうかと考えましたが、数学はあまり得意ではなく、
物理も苦手だったので、技術者に向いているとも思えませんでした。

途中まで理科系の大学に行くことも考えましたが、
成績は文系科目のほうが良かったので理系への進学は諦めました。

 
このパソコンを買うためにちょうど親戚から誘いがあったアルバイトをします。
冬休みに伯父さんの工場で働いたのですが、そこでも伯父さん以外の人とは、
仕事に必要な最小限のことしか話せず、ただ黙々と仕事するだけでした。

 
中学と同じで旅行や行事には嫌々参加し、
適当に仮病で休んだりもしながら、
高校生活は終わりました。

受験勉強もしたくなかったので、
そのままで入れる大学に何とか欠席数などギリギリのラインで推薦をもらい、
文科系の学部に入学が決まっていました。

将来のことは大学に行ってから考えようと思い、
何ができて何がしたいのかも分からない状態でした。

 
卒業式が終わり、もらった卒業アルバムを見ると、
みんなの生き生きとした表情とは対照的に、
私の写真は、
端っこに無表情でぼーっと写っているものばかりでした。

見ていてたまらなく嫌になり、二度と見たくないと思い、
その日の内に卒業アルバムはゴミ捨て場に捨ててしまいました。

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