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精神分析とは フロイト理論によるエス・自我・超自我・性的発達段階

フロイトの精神分析は現在の心理学の土台となる理論であり、
人の心というものを探る上で最も基本的な考え方だと思います。

初期の頃は無意識を探る為に、催眠療法を用いていましたが、
フロイトは人により向き、不向きがあることと、
効果が持続しないことを理由にやめてしまいます。

 
フロイト理論では、人間の心の機能を、
エス(イド)、自我、超自我と3つに分けています。

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エス(イド)、自我、超自我とは

エスというのは、無意識にある生きるエネルギーのようなものです。
本能的な欲求の源と考えればいいと思います。

es(エス)という歌をかつてミスターチルドレンが歌っていましたが、
フロイト理論に触発されて作られた曲なのでしょう。

フロイドはここからリビドーと言われる生(性)エネルギーが放たれ、
人間を突き動かしていると考えました。

 
自我はエスのエネルギーをどこに向けるかコントロールし、
社会に適合させる役割を持っています。

さらに超自我というものがあり、
理性や倫理の概念を作るとしています。
フロイトは超自我の形成には父性が大きく関わっていると考えていました。

 
現在ではこのような、自我と超自我という考え方はあまりしないようです。
私もリビドーと自我という2点があるということが理解できれば十分だと思います。

また自我の定義も人によってまちまちです。

性的発達理論・性欲発達段階

さらにこの自我や超自我を含むリビドーの発達段階を、
口唇期、肛門期、男根期、潜伏期、性器期と段階分けしました。

 
口唇期は母親からの授乳で、衝動が満たされる時期です。
この時期に母親からの愛を得られないと、
攻撃的な性格になる可能性があると言われています。

仮にこのとき男児がずっと父親や男性から哺乳瓶等でミルクを与えられた場合、
性対象が女性でなくなる可能性があると私は思います。
また母乳でなく哺乳瓶による授乳が続けば、
女性の胸にあまり興味が無くなるのではないでしょうか。

 
肛門期は排便で満たされる時期です。
ここでの適切な排便のしつけが、
後に潔癖性や逆に片付けられない性格を生むとも言われています。

口唇期、肛門期は重なっていて共に3歳くらいまでです。

 
男根期(3~6歳位)は、男児なら自分の性器の存在に気付き、
女児は男児のようなものが自分には無いと気付く時期です。
エディプスコンプレックスもここで芽生えます。

潜伏期(6~12歳位)は、性への興味が一旦潜伏し、
エス、自我、超自我のバランスが取られます。

性器期(11歳位~)はリビドー発達の最終段階で生殖可能となる時期です。
性衝動は自分から他者に向けられるようになります。

 
これらの考え方は実際には個人差があり、
本当にこの通りに発達していくのかという疑問も持たれる所です。
あくまでも理論としてこうなっていると考えるべきでしょう。

前意識とは? 顕在意識、無意識・潜在意識について

顕在(けんざい)意識・無意識・潜在意識については以前説明しました。new_3502511114_5dc3b5a028_m_thumb フロイトは、顕在意識と無意識とが、
一本の境界線ではっきり分かれているのではなく、
前意識という中間の領域が無意識の浅い部分にあり、
無意識よりも記憶が取り出しやすかったり、
クッションやフィルターのような役割をしている、
と考えました。

精神分析とは何か

無意識に何が抑圧されているのかを推測することが精神分析の大きな目的です。
クライアント(患者)が自分でこれに気付き、言語化することにより、
神経症の症状が治ったり軽減することができるとフロイトは考えました。

精神分析は現在のカウンセリングや心理療法の土台となる考え方で、
これだけで治療するものではないと思います。

人は無意識を探られると抵抗がおき、心をガードしようとします。
自分で見たくない、考えたくない記憶だからこそ、
無意識にしまい込んだものだからです。

そのため心理カウンセリングなどでは、他の療法と組み合わせたり、
無意識に近付くときにはとても慎重に行われると思います。

またあえて無意識を探らず、精神分析を行わない療法も増えていますが、
それは精神分析の概念を理解しているからこそ生まれた療法でもあり、
土台に精神分析があることには変わりないと思います。

私と精神分析

私は岸田秀さんやフロイトの本を読み、
自分の無意識に母親と同じ無意識がコピーされていることに気付きます。

それ以前は、自分が学校で話せなかったこと(場面緘黙症)や、
他人とうまくコミュニケーションできないことを抑圧していました。

人に見せたくない自分の恥部として、
誰かにそのことを知られたり触れられることをとても恐れていました。

 
フロイトは自由連想法という手法を用い、
クライアントの顕在意識から発せられる単語から無意識を探ることを試みていました。

私は岸田秀さんが自己分析した過程を読んだだけで、
あっという間に自分の無意識を連想することができました。

そして自分のせいではなかったという免責により、
とても気が楽になるとともに母への強い怒りが湧きあがることになります。

私にとっての自分の恥部は母の恥部でもあるので、
私は躊躇(ちゅうちょ)なくそれを顕在意識に引き上げ、
母親にそれをすべて晒す(さらす)ことが私の母への復讐でもありました。

このような強い感情の動きがあったので、
私には精神分析はとてもしっくりくる手法だったとも言えます。

 
しかし一般的には、たとえ無意識に親に対する怒りがあったとしても、
親のことを悪く言うのは間違っているという強い理性が働くため、
自分が親を憎んでいることを認められないことが多いと思います。

そのため精神分析で無意識を探ることは強い抵抗を呼び起こし、
無意識を探ろうとする相手を避けたり拒絶することもあり得ます。

 
(ちなみに岸田秀さんがフロイトの精神分析を用い、
自分の強迫神経症を自己分析する過程は、
フロイドを読む」という本に詳しく記されています。)

言い間違いやケアレスミスから無意識が分かる

フロイトは人が言い間違いというミスを犯す時、
そこに無意識に隠された本心が現れることがあると言います。

精神分析学入門 」には、「しくじり行為」
として紹介されていたと思いますが、
例えば会社で上司が出先から戻ったときに、
「おかえりなさい」とか「お疲れさまでした」と言うところを、
思わず「いってらっしゃい」と言ってしまい慌てて言い直す時、
無意識に上司に戻ってきて欲しくない心理があると考えることができます。

 
他にも、会社に行く為に目覚ましをセットしたが、
ボタンを押し忘れ目覚ましが鳴らず遅刻してしまった時など、
会社に行きたくない心理があると読みとれます。

ユングなら、遅刻という体験をする必要があった、
と言うかもしれません。

 
自分で自分の無意識に向き合うということは、
心の問題を自分で解決する為の第一歩だと思います。

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