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心の病や精神的な症状を病院で治すことの難しさと自意識について

11月にNHKで放送された「生きづらさに向き合って」という番組がありました。

「札幌なかまの杜クリニック」という精神科のドキュメントなのですが、
この病院は薬を出すだけの治療がメインになっている他の病院と違って、
もっと患者を根本から治療しようという試みを行っています。

ドキュメントの主人公の女性(ココアさん)は体に異常が無いのに強い痛みを感じる、
「身体表現性障害」という症状で通院しています。

この病院に来る前は、痛みを和らげるためにリストカットを繰り返していました。
様々な症状を緩和するために1日薬を30錠も飲み、
副作用にも苦しんでいました。

こうなってしまうと、病院側からも受け入れを拒否されてしまうそうです。

リストカットを繰り返す患者と薬の大量摂取を行う人は、
医者の側もさじを投げてしまうようで、
どの病院へ行っても「うちでは診られません」と断られてしまうとのことです。

病院側からすると、
このような患者を治そうとすることはコストに見合わないという、
経営的な問題が大きいようです。

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私自身、最初の頃、病院の神経科の先生に自分の症状を話すとき、
親との問題を語りましたが、ある程度話しているうちに、
先生が時間を気にして話を切り上げようとする態度を見て、
病院で根本的な治療を受けることは無理だと思いました。

 
ココアさんは自分を受け入れてくれる、
「札幌なかまの杜クリニック」に辿りついたわけですが、
ここでは、精神保健福祉士の元、
患者同士が集まって自分達の症状について話し合うという試みがされています。

ココアさんはリストカットをすると、気持ちよく、
スッキリする感覚を味わえるため、
自傷行為を止めることができませんでした。

このメカニズムについては以前記事でも取り上げています。
リストカット(リスカ)、自傷行為を行う心理と原因

 
しかしこの病院で仲間ができ、自分の症状について話したり、
自分を気遣ってくれる人の存在のおかげで、
リストカットしたいという衝動がおさまりました。

その代わり、次の段階として、人に怒りをぶつけたくなり、
暴言を吐くことが多くなりました。

リストカットして自分を傷つけていた段階から、
怒りを外側に発散するようになったのです。

これは自分でも経験があります。
我が強い人、我儘(わがまま)、協調性のない人になってみる

自分を責めていたものが、外側に向かうのは、
ナチュラルな精神状態になるための成長段階の過程のようです。

自意識の問題

このクリニックではココアさんのような症状を持つ人や、
統合失調症の患者さん達が集まっているようです。

みんなで自分達の症状について話し合ったり、
交流会に参加したり、病気の部分ではもちろん辛いと思いますが、
ある意味楽しそうにも見えます。

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私はこれを見ていて、
自分にはこのような治療法は無理だなと思いました。
自分の症状をみんなの前で話すということ自体が苦痛で出来ないと思います。

おそらく、コミュ障の多くの人がそうではないでしょうか。

この、自意識に苛まれているということが、
コミュ障や対人恐怖症の大きな問題であり、
病気をきっかけに仲間を作るというのも難しいのではないかと感じます。

「この余計なことを考える意識さえなければ」とよく思ったものです。

学校や仕事などの時には、ロボットのように何も考えず、
自動操縦のように体が勝手に動いてくれればいいのにと思っていました。

そして家に帰ってから自意識を取り戻すように生きられれば、
どんなに楽だろうと、場面緘黙症だった頃や、
自意識に苛まれていたときには考えていました。

 
自意識が強いということは、他人にどう見られているか、
どう思われているか、ということが常に気になり、気疲れします。

他の人達が仲良さそうにしているのに自分が輪の中に入れないでいると、
気持ちが落ち込み、とても嫌な気分になってしまいます。

いちいちこんな面倒な感情を味わうぐらいなら、
この世から消えて無くなってしまいたいとよく思ったものです。

 
しかし次第にこのような経験は無意味ではなかったと考えるようになりました。

これは自分の場合ですが、結局は、
神経的な問題に苛まれた自分、ということがアイデンティティになってきた、
と、感じるようになったからです。

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