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母も対人恐怖症・視線恐怖症だった?母親嫌いの始まり 母親との関係[1]

私が対人恐怖症になった理由ですが、
簡単に言ってしまえば、母も視線恐怖症であり、
もしかしたら場面緘黙(かんもく)症だったかもしれないということです。

「もしかしたら」というのは場面緘黙症に関しては、
そこまではっきりと細かい症状まで聞けていないので、
可能性があるということです。

問題はなぜ25歳を過ぎるまで、
分からなかったのかと言うと、
母がそのことをずっと私に隠していたからでした。

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私が社会人になった頃の母との関係は、とても良い状態とは言えませんでした。
母親の言うこと一つ一つが癇に障り(かんにさわり)、一緒にいるのが嫌で、
母親との問題に気付いた時にはすでに一人暮らしをしていました。

それは、いちいちうるさい、という感覚です。
私がコンピュータの仕事に就いたり、家でパソコンをしていることについて、
当時言われ出した「おたく」というイメージが嫌だったのか、
よく文句を言っていました。

「そんなおたくな仕事いつまでやるつもりなのか」とか
「外に遊びに行かず、家にばっかり居る」
とよく小言を言われました。

 
そして私自身も、友達が作れないからパソコンをやっているという部分が大きく、
引け目に感じていたのです。

「おたく」というイメージはとても嫌で、言われたくないことでした。
(当時はインターネットが無かったので、パソコンで人と繋がることはできませんでした)

そういう小言を言われる度に「うるさいな」と返しますが、
そこを掘り下げられて、私に友達がいない話になったりすると嫌なので、
会話しないようにしていました。the-broken-heart

私と母との会話は、いつの頃からかお互いについての文句を言い合うことで、
成り立っていたように思います。

例えば母はいつも料理を作ってくれますが、それがたとえ美味しくても、
私は「美味しい」と口に出したり、料理を褒めることは滅多にしませんでした。
その代わり、まずかったり、口に合わない時は、はっきり文句を言います。

すると「文句ばっかり言ってないで、おいしいんだから食べなさい」
と返される、こういう会話がいつの頃からか日常会話となっていました。

母に言わせれば、私は文句ばかり言う子だったと思います。

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次の記事⇒場面緘黙症の原因 信念が無かった母  母親との関係[2]


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