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他者視線恐怖症について 他人の視線が気になる原因 母親との関係[3]

視線恐怖症というのは人によって細かい症状は違うと思いますが、
私の場合はまず、玄関のドアを開けると、四方八方から誰かの視線が
槍のように飛んでくるような感覚があります。

実際は誰かが見ているわけではありませんが、
ドアを開けると、うわっと、見えない視線が突き刺さってきます。

だからドアを開けるのにちょっとしたエネルギーを使います。
外に出てしばらく歩いているうちに段々慣れてくるという感じです。

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大分後になって母親に、そういう感覚はあるか?
と聞いたことがあります。
母は、ある、と答えました。

 
ちなみに私の場合は「他者視線恐怖症」
と言って他人の視線が気になります。

自分の視線が相手に不快感を与えてるのではないか、
ということが気になる「自己視線恐怖症」の症状はありません。

 
外に出ると、いつも誰かに監視されているようで落ち着きません。
この「誰」というのは、私にとって母親でした。

テレビを見ていると、母は
「あー○○さん笑った」とか
「むっつりしちゃったよ」
など、人の表情や感情にとても敏感に反応していました。

私はテレビは好きですが、いつの頃からか、母が見ていると、
笑うのをガマンするようになっていました。

テレビで面白い場面があると、
母は必ず私の顔をチラっと見て表情を確認するからです。
「笑ってる」
と母に言われるのは、なぜか屈辱的なことでした。090829a3043

同様に父が笑っていても、
「お父さん、あんなに大口開けて笑ってるよ」
と言います。

父は全くそういうことは気にしませんが、
私はそう言われるのは嫌で仕方ありませんでした。

 
私のちょっとした気分や機嫌もいちいち指摘されていました。
私がはしゃいでいると、
「すぐ調子に乗る」
「ほんとに内弁慶なんだから」
と冷や水を浴びせるような言葉をかけてきます。

私は、他人は皆自分の事を監視し、
私の変化や欠点を指摘しようとしていると、
無意識に感じていたのでした。

私の視線恐怖症は場面緘黙(かんもく)症と密接な関係があると思います。

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