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場面緘黙症の原因 書き換えられた母のセルフイメージ 母親との関係[5]

ずっと後になって母に確認したのですが、
母も子供時代は人とまともに話せなかったそうです。

緘黙(かんもく)の状態まで行っていたかどうかはよく分かりませんが、
とにかく学校では大人しかったようです。

そのことをずっと私に言わないどころか、
自分は明るくて誰とでも仲良くできる風に振舞っていました。

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母の持っているセルフイメージというのは、誰とでも仲良くする明るい人、
だったと思います。
そういう人になりたい、そういう人であろう、と考え、
そう振舞おうとしていたと思います。

 
生まれたばかりの赤ん坊の私は無色です。
無色のままなら母に傷つけられることはなかったでしょう。

 
しかし私は母の無意識をコピーして育ちます。
次第に私に性格というものが備わり、人見知りをする私を見て、
母は抑圧していた見たくない自分の影を私に見ることになります。

私の記憶に強く焼き付いている母の鬼のような表情は、
母が消したくてたまらない母自身の過去の姿を、
私の中に見たときの感情が表に現れたものです。

 
生活が家族や近所なら、人見知りの激しい子供ですんでいましたが、
幼稚園という社会に馴染めない私を見て、
幼少期の母と私 母子関係の問題が始まる 参照)
母は最も見たくない自分を私に見たのでしょう。

鬼のような表情は嫌悪感そのものだったと思います。
ただ私はそれを認めたくありませんでした、母に嫌われているなど、
絶対に認められません。
私はずっと母親が大好きなお母さん子だったのです。mum-and-son-1380973094O8e

私が何かを恥ずかしいと思っていると、母は、
「恥ずかしいの?」とバカにするような口調で反応したり、
「すぐ恥ずかしいって思うんだから」と呆れたりします。

私は、恥ずかしいとすぐ思ってしまう自分は恥ずかしい存在だ、
と無意識的に思っていました。

 
私が母に分かってもらいたくて、
うまく学校で話せないことをポロっと言うと、
母は、「あんたは、すぐそうなんだから」と呆れたように言い、
「友達に会ったら、よ、おはよう!と元気に言えばいいの」
などとアドバイスします。

 
私はそんなことができたら苦労しません。
母親は過去に自分が出来なかったことを言っているので、
現実味がないアドバイスなのです。
それは母が過去にそういう風にしたかったことです。

 
私は矛盾を感じて物凄く不愉快になり、
それ以上何も言いません。
そういうことは何度かあったと思います。

本当はもっと気遣って労わって(いたわって)欲しかったのです。
しかしそういうことは一切ありませんでした。
それどころか、そういう弱さは恥ずかしいことだとして、
一蹴しようとするのです。

子供は納得できない感情を言葉にできない

私の無意識は母の矛盾を感じているのですが、
子供の私はそれを顕在意識に上げることができません。

母が言ってることはどこにも間違いはないのです。
元気に挨拶すればいいのです。

 
顕在意識で理解するということは、言語化できるということです。
言葉にできて初めて、説明することができるわけですが、
子供の私は納得できないもやもやした感情として、
そのストレスを内側に溜めるだけでした。

 
以上のような経験から、私が学校で喋れないことを、
母に話題にされるのが凄く嫌でした。
その話題になるのをなるべく避けようとしていました。

母も自分の過去を思い出したくないので、わざわざ言いませんが、
先生に心配されたりすると、ほんとにこの子は臆病だから、
などと言い、私を不愉快にさせるのでした。

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次の関連記事⇒自我とは? その意味と私の場面緘黙症の自我・心理 母親との関係[6]


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