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自我とは? その意味と私の場面緘黙症の自我・心理 母親との関係[6]

「自我」という言葉を辞書で調べてみると、
「自分、自己、自己意識」と書かれています。
ニュアンスとして性格や気質を含んだ、自分の定義という感じだと思います。

「私」はこうこうこういう時は、こういう行動をする、こういう反応をする、
という小さなパターンの集合が自我だと私は解釈しています。

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人見知りをする人は珍しくありません。
動物が、最初は相手の様子をビクビクしながらうかがって、
大丈夫だと判断するとおそるおそる近づいてくるような、
そういう行動パターンではないでしょうか。

人見知りは動物として理にかなっていると思います。
最初は警戒し、
危険だと判断したらすぐ逃げたり攻撃できるようにしている状態だからです。

 
場面緘黙(かんもく)症は警戒が解けません。
ずっと自分をガードし続けます。

 
『人見知りをすることは恥ずかしいことだ』
『人と会話できないことは恥ずかしいことだ』
『友達が作れないことは恥ずかしいことだ』
そして、
『恥ずかしいと思うことは恥ずかしいことだ』

 
私はこのようなおかしな価値観を母から植えつけられていました。2115292863_ca7b455383_o

人見知りは個人差はありますが、動物的な反応です。

人見知りしてから慣れていけばいいのですが、
私の場合は人見知りしている時点でもう恥ずかしいことをしている、
という風に捉えて(とらえて)しまいます。

そういう自分が恥ずかしいし、人見知りしてたのに喋り始めたりしたら、
心の奥底に棲む母の化身が、
「ずっと黙ってた癖に喋ったよ」と私をバカにするはずです。

つまりクラスのみんながそういう目で見てると思い込んでいたのです。

もう雁字搦め(がんじがらめ)です。
何もかもが恥ずかしく、どうしようもなくて何もできないのです。

自我がこんがらがった状態だったと思います。

 
コミュ障(コミュニケーション障害)と言われる状態も、
場面緘黙症を含んでいますが、何かしら自我が制限を受けて、
上手くいかない状態になっているのだと思われます。

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