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雑談が苦手だった私 雑談とは?なぜ会話に参加できないのか

高校を卒業後、バイト先やその他の新しい集団に関わる時、
困ったことがありました。

やっとクラスというものから開放されたのですが、
雑談のような会話が苦手でうまくできないのです。

「何歳?」
「どこに住んでるの?」
「大学生?」
こういう会話が終わると、どうしてよいか分からなくなってしまうのです。

相手からこちらと仲良くしたいという感じが伝わってくれば、色々話せるのですが、
たまたまバイト先で一緒のシフトになったから何か話さなくてはいけない状況とか、
休憩時間に色々な人と休憩室で雑談が始まったりすると、無言になってしまうか、
何か話しても会話がうまく続かずとても疲れてしまうのです。

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2人きりでも特に苦手だったのは、相手が同年代で、
自分よりも凄く大人な感じがする、いわゆるイケてる人。
完全に劣等感で心が開けませんでした。

 
集団の雑談では、そういう人も交えて、
普段2人だと話せる人やほとんど話さない人などが、
入り交った人間関係の中で会話しなくてはなりません。

別に話す義務はないのですが、話さないでいると、
どんどん孤立して、気も滅入ってしまいます。

集団の中で味わう孤独というのは、
自分一人だけしかその場にいないという孤独よりも辛いものでした。

私はもう、ずっと学生生活で味わってきた、
クラスで何も話せなかった自分を味わいたくありませんでした。

しかし一体休憩時間中の話題というのはどうやって見つけるのか、
何を話せばいいのかがさっぱり分かりません。

雑談に何か正解のようなものがあると思っていた

今考えてみると、私は雑談の話題に何を話すかということを、
皆は知ってて私が知らない、
何か決まりのようなものがあるのではないか、という感覚を持っていました。

質疑応答のような会話ならできるが、
雑談だと何を話していいか分からないということは、
正解が無い問題の正解を探しているようなものです。

 
今となっては実に馬鹿馬鹿しいことですが、雑談は文字通り、
雑に話していい会話です。
正解などはありません。

 
私はずっと場面緘黙(かんもく)症で気の許せる人としか話せませんでした。
会話のスキルのレベル・経験値が極端に低い状態だった上に、
過剰に他の人の視線も気になります。

自意識の強さや劣等感等、様々な制限を自分の中に作っている状態でした。

 
更に後になってよく考えてみると、雑談というのは、
適当な話題を見つけながら、
みんなが笑おうとしている状態だということに気付きました。

天気やニュースの話から始まっても、そこから話題を広げ、
なにか面白い方向に話を持って行こうと、
みんなが意識的あるいは無意識的に考えています。questions-1

誰かの陰口のようなネガティブな話題でも、
それを笑いにしたいと思っているものです。

だからこそコミュ障や対人恐怖症の人は参加しづらいのです。
この笑おうとする方向についていけないのです。

 
あなたがコミュ障だとしても、みんなが自分以外の誰かに怒っていて、
それについて議論が白熱していたら、
その場にいることはそんなに苦ではないと思いませんか?

みんなが怒り狂ってるような状態だと、こちらに余裕がでます。
または一緒に怒ってみんなと同調することは笑おうとすることよりも簡単です。

これは怒りのほうが動物的本能に近く、原始的な感情だからだと思われます。
動物は笑いません。
笑いのほうが、高度な感情であるため、簡単ではないと言えると思います。

 
私はこの雑談や気軽な会話等のコミュニケーションについて、
一体過去にどうすれば良かったのかを考えるようになりました。

雑談力や会話力が上がる話し方のようなものが、
あるのではないかと思ったのです。

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