秋葉原通り魔事件(無差別殺傷事件)加藤智大の母親・弟と掲示板

包丁をかざす男のシルエット テレビ・映画

日曜日にやっていたフジテレビの、「ザ・ノンフィクション・ボクの帰る場所~秋葉原無差別殺傷事件~」を見ました。

この事件は、2008年6月8日に秋葉原で当時25歳の派遣社員、加藤智大(ともひろ)がトラックで人をはね、その後ナイフで次々と人を刺し、計7人が殺され、10人が負傷したというものです。

当時、ニュースやワイドショーで大きな話題となり、記憶に強く残る事件となりました。

その後の経緯や事件の詳細までは知らなかったのですが、今回ドキュメントを見て知らなかった事実を色々知ることができました。

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母親からの虐待

まず生い立ちにて母親からの虐待があったことが、この事件を起こす加藤被告の人格形成に大きく関わっていました。

九九を暗唱できないと風呂に沈められ、食事が遅いと、食器から新聞のチラシの上に食事がぶちまけられ、それを必死に食べていた、という母親からの異常な虐待がありました。

泣くと口にタオルを詰められ、その上からガムテープを貼られたこともあるそうです。

またテレビは見る番組を著しく制限され、「まんが日本昔話」と「ドラえもん」以外は見れなかったといいます。

父親はこれらの行動を見て見ぬ振りをし、母親は裁判で「しつけ」の一環だったと述べています。

加藤被告は社会に出ると親と縁を切り、家族との関係を完全に断ったようです。

事件後に語られた弟の証言によると、母親は家の中で絶対君主であり、自分のルールで子供たちを雁字搦め(がんじがらめ)にしていたそうです。

弟の自殺

私は番組を見て、すぐにネットで加藤被告について調べてみました。
次男が自殺していたということも全然知りませんでした。

加藤被告の弟を取材した記事

これを読んで、事件後ほとんど家族が崩壊していたことを知りました。

両親は責任重大だと思いますが、弟達はとても可哀想です。
自殺した次男以外の弟達がどうしているかは不明ですが、やはり次男同様の苦しみがあるでしょう。

弟は「兄は母親のコピー」と語っていましたが、通常第一子は両親の影響をまともに受けます。

私自身も第一子なので、強く実感しています。

秋葉原通り魔 弟の告白

この記事によると、弟(次男)は高校から5年もの間家に引きこもり、上京するときに、母親から育て方が悪かったことを謝罪されます。

このことにより、弟には事件後両親を守ろうという気持ちも芽生えています。

しかし加藤被告は謝罪を受けていません。

もし母親がこの気持ちを兄にも伝えていれば、この事件は起こらなかったかもしれません。

兄は親に対して強い恨みを持ったままです。

弟は謝罪され親との距離を縮めることができましたが、結局兄の起こした事件により自殺に追い込まれてしまいました。

ネット掲示板が心の支え

加藤被告が事件を起こしたきっかけに、自身がスレ主となっていた携帯のネット掲示板がありました。

この小さな世界が彼の心の拠り所となっていたようです。

職場では話すことができない本音を、ここに書きこむことによって、心のバランスを保っていたようです。

私の経験

私も30代前半の頃に、よく2ちゃんねるを見たり書き込みをしていました。

腹の立つコメントを見つけると相手をけなし、反論されると頭にきてまた書きこむという悪循環で、際限無くののしり合い、馬鹿みたいな時間を使った末に、こんな嫌な気分になるなら最初から見なければよかったと思ったりしていました。

いつもケンカしていたわけではありませんが、議論が白熱してくると、つい負けたくないと思い、止め時が分からなくなることがありました。

匿名の掲示板というのは、普段は抑制しているネガティブな感情を相手にぶつけやすいので、心に我慢を溜めている人同士の喧嘩が頻繁に起こります。

喧嘩する人達は互いに相反する心の鏡に向かって怒りを吐き出しています。
結局自分の分身に向かって怒っているのだと思います。

加藤被告の心理

加藤被告は自分のスレッドを立てていました。

彼は母親から「自分が絶対に正しい」という無意識をコピーしています。

このスレでの彼は絶対君主であり、住民に認めてもらいたいという心理が非常に強く働いていたと思います。

しかしスレ主を装った「成りすまし」が現れ、加藤被告は怒って管理人に抗議しますが無視されます。

このとき掲示板の住人に強い怒りを感じ、事件を起こす引き鉄になっています。

その後も加藤被告が書きこむと、「荒らし」が現れ、加藤被告の大事な場所を侵害します。

すべてを自分の思い通りにしたいという内面の欲求があるものの、社会や会社は自分の思う通りにはいきません。

いつもその苛立ちを抱え、唯一自分の思い通りになりそうな掲示板も荒らされ、その怒りが彼を事件に追いやります。

「成りすまし」や「荒らし」も、その書き込みが気に食わないから現れます。

彼らは論理的な反発ではなく、一方的に自分のネガティブな感情を「荒らし」のような手段で表現することにより、相手にダメージを与えようとします。

加藤被告はまだ25歳だったので、まともにこれに反応してしまい、ネガティブば感情のぶつけあいが起こっていたのでしょう。

こういう「荒らし」に対してはスルーするしかありません。
意識的にしろ無意識的にしろ、いずれは、自分のネガティブなエネルギーに相手も反応しているのだ、ということに皆気付いていくのではないでしょうか。

「誰でもよかった」という心理

無差別殺傷事件とセットになっているこの「誰でもよかった」
という言葉はとても恐ろしいものです。

加藤被告が両親に対して危害を加えようとしたならば、
その生い立ちを知った人からは同情を得られたかもしれません。

しかし、関係ない人を殺してしまおうと思った時点で、もはや同情の余地はありません。

日本ではこういう人は社会にとっては不必要な存在とみなされ、
精神に異常が認められなければ、死刑となります。

「誰でもよかった」は社会に対する強烈な恨みの感情の表れです。

親に対しては、加害者の親というレッテルを貼ることにより、直接手を下すことよりも残酷な復讐をすることができるでしょう。

親が悪いと言うのも簡単ですが、それではその親もまた悪く、さらにその親も…、となると、一体どこから始まっているのか分からなくなります。

とにかくこれらの事件から学べることは、反面教師として、自分の内面を見直すきっかけにすること位でしょうか。