いじめの原因 なぜ起こるのか 投影と無意識を理解することの難しさ

大勢に指を指される少女 性格・心理

もし人が「無意識」についてもっと深く理解できれば、いじめを減らすことに大きく役立つと思います。

いじめというのは、いじめる側がいじめられっ子に対して、何かムカツク、とか、イライラする、という理由からいじめを行うことが多いと思います。

何か悪口を言われたから、とか、悪さをされたから、というなら攻撃するのも分かりますが、そうでないことから始まるのがいじめのやっかいなところです。

何かムカツク、というのは学校でのいじめに限ったことではなく、大人になってからの職場や近所のママ友の集まりでもあることです。

スポンサーリンク

芸能人や有名人に対するアンチもいじめと同じ原理

テレビを見ただけで、その人と直接利害関係が無いにも関わらず、芸能人などに対して、あいつはムカツク、嫌い、という「アンチ」現象は頻繁に起こります。

サインを頼んだのに断られたから、という理由があれば、その芸能人や有名人を嫌いになるのは分かります。

しかしアンチは、いじめと同じで、何かムカツク、ということから始まることが多いと思います。

色々理由をつけてなぜ嫌いかを語る人は多いですが、最初のきっかけは、何かムカツク、という感情的なことから始まっているはずです。

例えば、私はスポーツ番組をよく見ますが、サッカーの本田選手がゴールしたので、ネットの掲示板を見てみると、大活躍したはずなのに本田選手をけなしている人がいます。

また関係ない香川選手の悪口を書いている人もいます。
そして香川選手が活躍したときも同様のことが起こります。

サッカー・本田圭佑vs香川真司にみるアンチと信者の心理とは?
ワールドカップはベスト16滲出という大方の予想を覆す結果を残すことができました。 ベルギー戦は惜しくも敗れてしまいましたが、本田選手投入後、香川選手との連携は感慨深いものがありました。 私はサッカーは好きですが、最近は日本代表の...

以前は(今もかもしれませんが)、イチロー選手と松井選手にも全く同じ現象が繰り広げられていました。

ある人にとっては、本田や香川はヒーローであり、ある人にとっては、大嫌いなムカツク存在なのです。

これは無意識の投影という現象です。

投影されやすい人は個性の強い人と言うこともできるかもしれません。
本田も香川も海外で活躍し大きな注目を集める選手です。

また、強い意見を言う人や、こだわりの強い人ほどファンとアンチがはっきり分かれることが多いようです。

「投影」とは何か? いじめの原理

以前、下記の記事で書きましたが、

性格とは何か、顕在意識と潜在意識・無意識の構造について
「人格というのは記憶体系である」と精神分析学者の岸田秀さんは述べています。 簡単に言うと、生まれてから現在までのすべての記憶で人格・性格は作られるということです。 (ここでは話を簡単にするために、人格と性格は同じ意味だと考えて下さい...

無意識には自分の認めたくない性格や記憶が、抑圧されています。

この抑圧された自分を誰か他の人に見ることを「投影」といいます。

つまり、いじめやアンチの対象者は、いじめる側の見たくない自分の一部、ということです。

いじめている人は、自分の嫌な部分を相手に見つけて、それを攻撃しているわけです。そして自分にその嫌な部分があることは認めていません。

また自分が嫌だと思っているだけで、それが悪というわけではありません。その人の思い込みなのです。

私も子供の頃、母に母自身の弱さを投影されていました。
それが対人恐怖症や場面緘黙症に繋がっていると思っています。

私が場面緘黙症になった原因は親の性格に問題があった!
私は学生時代、場面緘黙症という病気で学校で普通に話すことができませんでした。 なぜ学校へ行くと話すことができないのか、その原因は大人になるまで全く分かりませんでした。 理由が分かったのは25歳を過ぎてからのことです。 ...

従って沢山の人に投影されれば、沢山の人からいじめを受けてしまうことになります。

私も学校でクラスメイトとうまく話せず、もじもじしていることに対して、相手がイライラしているな、ということをよく感じたことがあります。

そういう意味では人の弱い部分を投影されやすい存在ではあったと思います。
ただそれが集団になることは無かったので、幸運にもいじめにまでは発展しませんでした。

また、抵抗もせずあまりに弱いので、小動物のように守ってあげようという心理も起こさせるようでした。

相手を刺激しないようにして自分を守ろうとすることが、緘黙している理由になっているということもあると思います。

ただ、いじめを受けても全く不思議ではありません。
場面緘黙症やコミュ障の人は、他人をイラつかせる要素をかなり多く持ってしまっていると思います。

また、生徒によっては、先生に投影されてしまい、先生から冷たい態度を取られる、ということもあり得ます。

こうなってしまうとその生徒の学生生活は、とても辛いものになってしまうので、少なくとも先生には、ある程度の心理学的素養は必要なのではないかとも思います。

自分の弱さを知る為には

いじめやアンチというのは、(アンチはそれほど深刻ではありませんが)自分のことが分かっていないことからくる、精神の未熟さと言ってしまうこともできますが、そういう意味では大抵の人が未熟です。

この未熟さを克服する為に、内省、内観といった、自分を見つめ直す精神修行を行うことは非常に有効な手段です。

キリスト教の「懺悔(ざんげ)」などは、自分の無意識を知る為に、とても道理にかなっていると思います。

岸田秀さんは、自分を知る為に、自分の考え方や行動パターンを、大学ノート数冊に渡って書き出し、自分の無意識を探求したそうです。

こういった作業は自分の弱さ、醜さ、欠点など、時にはセルフイメージに反することを認めなくてはならないので、なかなか自分で踏み込むことは大変です。

しかし己を知るとはそういうことです。
自分の弱さ、醜さを理解できれば、いじめを防ぐことはできます。

感情的にイラっとしたり、怒りが湧いても、それは相手のせいではなく、自分の弱さ、醜さなのだと分かれば自制できるはずです。

とは言え、感情のエネルギーはとても強いものです。
理性で分かっていてもつい怒ってしまうということはあると思います。
だからいじめが無くならないし、無くすことは非常に難しいことだと思います。

この心理現象の学習を学校教育に取り入れて、内省、内観のような時間を道徳の授業などに取り入れれば、いじめを考えるよい学習方法になるとも思うのですが、学生には難しいことかもしれません

人をいじめるということは、自分をいじめていることと同じ

嫌いな人が沢山いる、という人は、特に注意して自分を見つめ直す必要があると思います。

いじめのように人を攻撃することは、自分自身を攻撃していることと同じです。

人を攻撃した同じ量のエネルギーが、巡り巡って、自分に返ってきます。

同様に、愛を与えればいずれその愛は自分の返ってきます。

お金もそうです。
与えれば返ってくるし、奪えば、いずれは奪われます。

与えた物が返ってくるという科学では証明されてない法則が存在し、結局は自分が傷つくことになるのです。

この概念は心理学の域を超えていますが、スピリチュアルや宗教では、カルマ(業)と言われるものです。