サッカー・本田圭佑vs香川真司にみるアンチと信者の心理とは?

サッカー場で応援するファン 性格・心理

ワールドカップはベスト16滲出という大方の予想を覆す結果を残すことができました。

ベルギー戦は惜しくも敗れてしまいましたが、本田選手投入後、香川選手との連携は感慨深いものがありました。

私はサッカーは好きですが、最近は日本代表の試合やクラブワールドカップにJリーグのチームが出たときなど特別な試合のときだけ観るという感じです。

そんな私でも、香川選手がマンチェスターユナイテッドに移籍したときや本田選手がACミランに移籍したときは、気になってリアルタイムで何試合か観ています。

そのくらいこの二人は日本人から大きな関心を持たれるサッカー選手だといえるでしょう。

本田選手や香川選手のファンは大勢いると思いますが、それに比例してアンチと呼ばれる人の数も少なくありません。

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アンチと信者 その意味と心理は?

まずアンチとは「反対」「対抗」という意味です。その反対は「ファン」という言葉が当てはまりそうですが、ネットでは「信者」という言葉をよく目にします。

掲示板の書き込みを見ると本田選手の信者は「ホンシン」アンチは「ホンアン」と略され、同様に香川選手には「カガシン」「カガアン」という略語が使われています。

「信者」の意味は「ある宗教を信仰している人」ですが、2つ目の意味として辞書にはある人物に傾倒して、その言説・思想などを熱心に信奉する人。と書かれています。

「ファン」の意味も熱心な支持者や愛好者なので同じように感じますが、「信者」のほうがより熱狂的なファンという感じもしますね。

しかしそれだけでなく、書き込みなどを見ていると「信者」には否定的なニュアンスが多分に含まれているように感じます。

「アンチ」には「ファン」と「信者」のような度合いによって分ける言葉はまだないので、ここでは対象に対して嫌悪感や憎しみを抱いている人々を指すと思ってください。

最初にファンが現れ、アンチが発生し、ファンが信者となる

私が最初にアンチという言葉を意識したのは、「アンチ巨人」からだと思います。

巨人ファンに対するアンチ巨人、という構図が日本のスポーツ界の初期の対立軸だったのではないでしょうか。これは「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉があったように、日本のプロスポーツ界の中心にはスーパースターの王・長嶋を擁する読売ジャイアンツという巨大な存在があったからでした。

巨人のライバル球団といえば「阪神タイガース」でしたが、「アンチ阪神」や「アンチタイガース」という言葉はあまり聞いたことがありません。当時、アンチという言葉は巨人のためにあるようなものでした。

巨人は東京の球団ですが人気は全国区、これに対して阪神は大阪の球団で関西での人気は絶大ですが、全国的には巨人にかないません。

これは何を意味するかというと、アンチは存在感が大きなものに対して発生しやすいということです。

当然、全国的な人気の巨人ファンの数に比例してアンチ巨人の数も増えることになります。

どうでもいい存在や2番手、3番手よりもトップに対してアンチは最も多く発生すると言っていいと思います。

ネットがない時代にはファンvsアンチという構図があるだけでしたが、ネットの誕生とともにその世界ではいつしか「ファン」は「信者」へと変わっていったような気がします。

ファンが現れ、アンチが生まれ、ファンがアンチと戦うために信者となるのだと思います。

リアルの世界ではアンチが不利

アンチ

ネットを見ていると、本田選手などはファンよりもアンチの数のほうが多いのではないかと錯覚してしまうことがありますが、そんなことは絶対にないでしょう。

巨人ファンとアンチ巨人の関係同様に、アンチが多いということはファンはそれ以上の数がいます。

ファンはリアルの世界で大いにその素晴らしさを口にすることができます。
ファンクラブのような存在が良い例です。対象がアイドルなら握手会に出向いて実際に自分の想いを口にすることもできます。

アンチという存在は多くのファンを抱える人や集団に対して発生します。

アンチは対象を嫌悪しており否定したい気持ちで一杯です。
しかし、人の悪口を言ったり貶したりするのはリアルの世界ではタブーであったり良くないこととみなされるのは分かっているので大抵は大人しくしています。

アンチが曝露された林修

先日、予備校講師の林修さんがブログに「イチロー選手には興味がない」と書いたことをNHKで取り上げられたということがちょっとしたニュースになりました。
「イチローに興味ない」発言をNHKで晒された林修先生の受難

まさにアンチイチローだったことが露呈されたわけですが、慌てた林先生はブログから過去のアンチ発言を削除してしまったそうです。

本田選手に牙を向いた清水圭

数年前に、本田選手が中村俊輔選手にとった態度が許せないとして、タレントの清水圭さんがブログで本田選手を批判しました。

賛否両論が巻き起こりましたが、やはり批判に耐えられなくなったのか、結局は清水さんもブログから本田選手の記事を削除し、謝罪しています。

アンチはうざい…しかしネットの世界では正義?

これらの例からも分かるように、アンチはリアルで人の悪口を言えばうざがられ、自分が損をするのを分かっているので、その鬱憤(うっぷん)をネットの匿名の世界で爆発させます。
アンチがファンよりも多く感じたり、エネルギーがあるようにみえるのはこのためです。

ネットでは匿名で日頃言えない対象に対する不満や悪口を存分に言うことができます。また、アンチ同士横の繋がりも強固です。同じ不満を抱える仲間が沢山いて自分の発言を援護してくれることもあります。

このようなアンチの集団では自分達こそが正義であり、対象と同様にそれを支持する存在も否定すべき敵と考えます。

アンチにとっての信者とは?

信者

アンチにとっての信者とは自分達の発言を否定したり攻撃してくるファンのことです。

そして熱心に対象となる存在を支持し、自分達を否定してくる存在はもはやファンではありません。

「新興宗教にはまってしまったやっかいな信者」と同様なわけです。

やっかいな信者とはどういう人でしょうか。それは教祖様の口車に乗せられて高額な数珠や壺などを買わせられたり、お布施を払ってしまう人達、周囲の人の意見には耳を貸さず、教祖様を狂信的に崇めている人達です。

アンチにとっての信者とはこのような頭の悪い人であり、早く自分の愚かさに気付いて欲しいと思わせる存在です。

ネットの世界で使われる「信者」という言葉の裏にはこのようなニュアンスが隠されているのだと私は思います。

ファンと信者の違いは?

以上から、「ファン」と「信者」を分けるとすれば、「ファン」は対象を支持するだけの人であり、「信者」は対象を支持しつつアンチを否定・攻撃する人ということになります。

「信者」はアンチの側からみた概念であり、普通リアルの世界ではわざわざ「信者」という言葉は使わず「ファン」のほうを使うでしょうが、昨今ネットの世界は急速に広がりリアルの世界を侵食しつつあるので、あまりネットとリアルを分けて考えるのは私の考えが古いのかもしれません。

とにかく自分がファンなのか信者なのか分からない人は、自分の行動を上記に照らし合わせてみれば分かるのではないでしょうか。

アンチはなぜ生まれるのか?

アンチとは多数のファンを抱える人や集団に対して発生するもので、殺人犯を攻撃する人をアンチとは言いません。

自分が気に食わないと思っているのに人気があったりすると人は面白くありません。
映画のレビューなどを見ていると、評価が高かったり人気のある映画を自分が理解できなかったり面白くないと思っている人の文章には怒りが表れていることがよくあります。

アンチはいじめの心理とよく似ていて、対象が何となく気に食わないとか、見てると腹が立つ、生理的に嫌、妬み(ねたみ)、嫉み(そねみ)、嫉妬といったネガティブな感情が原動力となっています。

なぜこのような感情が発生するのか、それは心理学でいうところの「投影」というメカニズムが働くからです。

人の意識の構造は普段思考などに使われる「表面意識(顕在意識)」と意識できない「潜在意識」の2重構造になっています。

潜在意識にはごみ箱のような役割があり、表面意識が認めたくない抑圧したネガティブな想いなどがここに入っていて感情の発生源にもなっています。

投影とは対象に抑圧した自分を潜在意識を通して映し出すことです。

つまりアンチは対象の中に認めたくない自分自身の姿を見ているのです。

投影

アンチも結局はファンと同じ?

アンチはファン同様に対象に強い関心を持っています。
このことはアンチとファンは表裏一体であり、アンチはファン同様に対象の存在感を高めるのに一役買っていることを示しています。

アンチが多いということはファンが多いということであり、有名人やタレントがお金を稼いだり地位を向上させたいなら、アンチは沢山いたほうがいいということになります。

アンチは対象を貶めたい(おとしめたい)と考えて一生懸命中傷するような書き込みを行っていますが、実はそれは対象の知名度を上げるのに貢献しているのです。

タレントや有名になりたいと思っている人が最も恐れることは誰も自分に関心を持ってくれない、話題にしてくれないことです。

本田選手や香川選手の記事やスレッドは良いものも悪いものも沢山ありますが、いかに多くの人が彼らに関心があるかということの表れであり、彼らを話題にすることでお金に繋がるということも示しています。

アンチや信者は本田・香川の中に何を見る?

本田選手や香川選手がファンや信者にとっては英雄であり愛すべき存在なのに、アンチには嫌悪すべき存在になってしまうその違いは、単に持っている記憶の違いに過ぎません。そして記憶はその人の人格を作ります。

本田選手はインタビューなどで時としてビッグマウスと呼ばれるようなインパクトの強い言葉を発することがあります。

このような言葉に反応してしまう本田選手のアンチは潜在意識の中に、目だったり出しゃばろうとする自分を抑圧し、普段協調性を大事にしていたり、出る杭は打ちたくなるタイプなのかもしれません。

逆に香川選手のインタビューは無難で優等生的な発言が多いと言われます。
香川選手のアンチは臆病だったり人の目を気にしてしまう自分を抑圧し、普段個性的であることを大事にしたり、自分を大きく見せようとするタイプなのかもしれません。

またファンや信者はなりたい自分や憧れを投影するので、対象は美化された自分ということになります。
アンチの否定や攻撃は美化された自分に向けられたものですから反発したくなるのは当然です。

大久保選手のアンチだった私

何を隠そう4年前のワールドカップの時、私は大久保嘉人選手(川崎フロンターレ所属)のアンチでした…。

ワールドカップ前、ザッケローニ監督率いるザックジャパンは日本サッカー史上最強ともいわれ、今とは違ってワールドカップで躍進することが期待されていました。

しかしザッケローニ監督の問題の一つに、メンバーを固定し過ぎるという傾向がありました。

それに伴い、2013年にJリーグで得点王となり好調を維持していた大久保選手を代表に推す声は以前にも増して高まり、ついに2014年のW杯の直前になってサプライズ召集となったのです。

アンチ大久保だった私は憤りを感じていましたが、どうしようもありません。
ネットへの書き込みこそしませんでしたが(もっと若ければ確実に書き込みしていたと思います)、どこか悶々とした気持ちを抱え試合を見ていました。

結局1勝もできずに予選落ちとなり、戦犯に香川選手を挙げる声もありましたが、私は大久保がチャンスに決められなかったからだと溜飲を下げたものです。

なぜ大久保アンチだったのか

当時私が大久保選手を嫌いだった理由は、海外では大して活躍できなかったのに国内では点を取る、というものです。

代表として出場した国際試合での得点も少なく、海外で活躍している本田、香川、岡崎といった選手に比べて劣る存在と私はみなしていました。

これだけなら客観的事実に基づいているだけですが、それだけでなく、私は何となく大久保選手に嫌悪感を抱いていました。

W杯の熱も冷め、冷静に自分を分析してみると、私は大久保選手に「内弁慶な自分」を投影していたことに気付きました。

引きこもり体質で内弁慶な自分を、「海外では活躍できず国内でばかり活躍する大久保」という風に捉えて投影していたのです。

内弁慶な自分というのはあまり認めたくない自分であり、つい抑圧してしまう自分の本当の姿というわけです。見たくない自分を対象に見ることで嫌悪感が湧いていたのでした。

大久保選手はJリーグで得点王を取るくらいの活躍をしたのだから、実際は選ばれても何の不思議もありません。

しかしこのような見る側の個人的な問題でアンチは生まれるのですから投影される側はいい迷惑です。

そして目立てば目立つほど、存在感が増すほどに個人的事情を投影したアンチが生まれることになります。

アンチが多いということはそれだけスターであるという証です。

本田vs香川 共存は無理?

争い

本田選手、香川選手共にファンもアンチも多い存在です。
二人とも人気、実力があり存在感が大きいので当然です。

そしてプレースタイルも性格も対照的な二人が同じポジションにいるということで、ファン同士もライバル関係になりやすいと言えます。

ザッケローニ監督は本田選手を一番に信頼し、トップ下を任せていました。
香川選手も本来は同じポジションでしたが、左サイドを任せられ、やや苦労していたように感じます。
それでも共存関係にあったので二人を同時にピッチで見ることができました。

現在二人は同じポジションを争うライバルですが、本田選手がミランにいた頃、香川選手は度々ミラノを訪れ長友選手を交え食事をしながら熱いサッカー談議を交わしていたといいます。
そこにはライバルであり友情もあるとても良い関係がありました。

現在日本の攻撃陣は突出した存在こそいませんがタレントは豊富です。
中島選手、久保裕也選手、南野選手、堂安選手といった選ばれてもおかしくない選手達が選考から漏れました。

本田、香川両選手はベテランの域に入り、下からの突き上げがあるので共存は難しくなっています。

本田、香川、岡崎、長友、長谷部といったベテランをひとまとめにして、老害などと呼ぶ人も現れています。

選手寿命の短いサッカーでは、時代が変わるのも早いので、W杯が終わって新しい代表メンバー発表される頃には新しい対立軸が生まれる可能性は大いにあります。

久保建英選手などはその有力候補ですね。

本田vs香川の対立も「そんな時代もあったな」と言われる日は遠くないかもしれません。

まとめ

自分が誰かのアンチなら、なぜ自分に嫌な感情が湧くのかを分析してみることで、自分自身を知ることができ、無駄なエネルギーを使わなくて済むようになるでしょう。

人間の意識の構造上アンチが生まれてしまうのは仕方がないということを理解できれば、少しは人に優しくなれるかもしれません。