雑談が苦手だった私 なぜ集団の中で会話に参加できないのか!?

雑談する男女 あがり症・視線恐怖症

場面緘黙症だった私は高校を卒業後、バイト先やその他の新しい集団に関わる時、困ったことがありました。

やっとクラスというものから開放されたのですが、雑談のような会話が苦手でうまくできないのです。

元場面緘黙症者のブログ 喋らない・笑わない子供!
ブログをリニューアルしました。 私は幼少の頃から高校を卒業するまで場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)という心の病気にかかっていました。選択性緘黙性ともいわれるものです。 子供の頃にはそんな病名は無かったので、ネットでこの言葉を発...

「何歳?」
「どこに住んでるの?」
「大学生?」
こういう会話が終わると、どうしてよいか分からなくなってしまうのです。

相手からこちらと仲良くしたいという感じが伝わってくれば、色々話せるのですが、たまたまバイト先で一緒のシフトになったから何か話さなくてはいけない状況とか、休憩時間に色々な人と休憩室で雑談が始まったりすると、無言になってしまうか、何か話しても会話がうまく続かずとても疲れてしまうのです。

特に苦手だったのは、相手が同年代で、自分よりも凄く大人な感じがする、いわゆるイケてる人。
完全に劣等感で心が開けませんでした。

集団の雑談では、そういう人も交えて、普段2人だと話せる人やほとんど話さない人などが、入り交った人間関係の中で会話しなくてはなりません。

別に話す義務はないのですが、話さないでいると、どんどん孤立して、気も滅入ってしまいます。

集団の中で味わう孤独というのは、自分一人だけしかその場にいないという孤独よりも辛いものでした。

私はもう、ずっと学生生活で味わってきた、クラスで何も話せなかった自分を味わいたくありませんでした。

しかし一体休憩時間中の話題というのはどうやって見つけるのか、何を話せばいいのかがさっぱり分かりません。

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雑談に何か正解のようなものがあると思っていた

今考えてみると、私は雑談の話題に何を話すかということを、皆は知ってて私が知らない、何か決まりのようなものがあるのではないか、という感覚を持っていました。

質疑応答のような会話ならできるが、雑談だと何を話していいか分からないということは、正解が無い問題の正解を探しているようなものです。

今となっては実に馬鹿馬鹿しいことですが、雑談は文字通り、雑に話していい会話です。
正解などはありません。

私はずっと場面緘黙(かんもく)症で気の許せる人としか話せませんでした。
会話のスキルのレベル・経験値が極端に低い状態だった上に、視線恐怖症で過剰に他の人の視線も気になります。

自意識の強さや劣等感等、様々な制限を自分の中に作っている状態で、重症のコミュ障だったと思います。

笑いの輪に参加することが難しい

更に後になってよく考えてみると、雑談というのは、適当な話題を見つけながら、みんなが笑おうとしている状態だということに気付きました。

天気やニュースの話から始まっても、そこから話題を広げ、なにか面白い方向に話を持って行こうと、みんなが意識的あるいは無意識的に考えています。

誰かの陰口のようなネガティブな話題でも、それを笑いにしたいと思っているものです。

だからこそコミュ障や対人恐怖症の人は参加しづらいのです。
この笑おうとする方向についていけません。

もしコミュ障だとしても、みんなが自分以外の誰かに怒っていて、それについて議論が白熱していたら、その場にいることはそんなに苦ではないと思います。

みんなが怒り狂ってるような状態だと、こちらに余裕がでます。
または一緒に怒ってみんなと同調することは笑おうとすることよりも簡単です。

これは怒りのほうが動物的本能に近く、原始的な感情だからだと思われます。
動物は笑いません。
笑いのほうが、高度な感情であるため、簡単ではないと言えると思います。

そして私はこの笑うということも苦手です。

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これでは、雑談が難しいのも無理はありません。

集団での会話の難しさ

1対1の会話なら、聞き上手になるという方法があります。

相槌やリアクションをすることで、自分が話さなくても相手に気持ちよくなってもらい仲良くなるという方法です。

しかし集団ではこの方法はあまり役に立ちません。

手を叩いて笑うくらいの大きなリアクションをしないと、「会話に参加している人」として見てもらえなかったりするからです。

集団の中で大きなリアクションができるくらいならもうコミュニケーションに問題はないでしょう。

それができないから苦手意識があるはずです。

雑談が苦手な人は、次々と人が話すのを見ているだけで、発言のタイミングや何を話せばいいかも分からず、必死に愛想笑いするだけで苦痛な時間を過ごします。

苦手な雑談をどうやって克服したか

私は今でも雑談に対する苦手意識はありますが、以前に比べれば、それなりに会話に参加して雑談できるようになりました。

身も蓋も無い結論になるかもしれませんが、結局は、場数と経験ということになります。

雑談や会話が苦手な人は、幼少期に家族団欒がなかったり、リラックスして話せない環境であったり、親が無口だったりといった原因があるはずです。

そのような人が、和気あいあいとした家族団欒のある家庭で育った人と対等に話そうとするほうが無理があります。

それでも、会話を楽しめるようになりたいという気持ちがあれば、「ああ、こういう風に話していいんだな」とか「こういうタイミングで話せばいいんだ」ということを頭と体の両方で自然に覚えていきます。

最初は苦痛でも、やろうとしていれば出来るようになってくるものです。

どんな能力でも、脳にそれまで無かった新しい回路を作る作業をしなければ技術は向上しません。

やってみてダメだとそのときは落ち込みますが、経験することで、少しずつ脳の神経は成長していくものです。

とにかく効率的にそのような能力を習得したい人は下記のような教材を試してみるという方法もあります。