究極の毒親決別!親子喧嘩が殺人事件に?無意識への刺激とは

手錠をかけられた両手 潜在意識・無意識

私は母としょっちゅう親子ゲンカをしていました。
歳を重ねるごとに私の欠点を指摘する母親が嫌でたまらなくなっていきました。

過去を解決するために、日にちを決めて正式に話し合うということを何度か行いました。

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母との話し合いで想定外だったことは、すぐに感情的になってしまい、当初話そうと思っていた話の組み立てがうまくできなかったことです。

これは後から考えれば当然のことです。
相手の無意識を探ることは非常に危険な作業です。

なぜなら自分で見たくない、思い出したくないほど嫌だから、無意識にしまっているのです。

このしまってあることは、他人からは結構見えるものなのですが、自分では見たくないので否定します。

正面から相手の無意識を指摘すると、大抵その人はムキになって怒ります。
一番言われたくないことだからです。

普段の人間関係でも、自然と人はそれを分かっていて、相手を気遣ったり、時には怒らせようとして、それをわざと言ってみたりしています。

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無意識を刺激すると

例えば、自分は勇気ある男らしい男だというセルフイメージがあり、そう振舞っている人に向かって、「あんたって臆病だね」と言ったとします。

ムキになって否定するなら、その人は臆病なことを認めたくなくて、それを隠している人です。

本当に男気のある人なら、臆病な部分をすぐに認めるでしょう。
または、俺のどこが臆病なのか、と真剣に悩むかもしれませんし、笑って「そうなのかな」と受け流すこともあるでしょう。

決してすぐに怒ったりはしないはずです。

相手の無意識を刺激することは、極力控えるべきです。
なぜなら相手の怒りに火をつける行為だからです。
その場では何もなくても、恨みを買うかもしれません。
重大な事件につながっても不思議ではないのです。

私と母の話し合いでも、無意識への攻撃の応酬のようなものですから、当然感情的な言い合いになってしまいます。

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自分の場合

私個人を考えてみても、読書体験で無意識を知るまでは、場面緘黙児だったにも関わらず、本当の自分はよく喋る面白い人だと思っていました。

家では弟や近所の友達ととても賑やかに遊んでいたからです。
学校での自分は何かの間違いで、家での自分が本当の自分だと思っていました。

だからバイト先などで、大人しいね、と言われることは心外でした。
喋ることがないから黙っているだけで、本当は違うのだというおかしな理屈を自分で持っていました。

緘黙かんもくしていたことを抑圧していたのです。
実際は何を話したらいいか分からなかったのに、自分ではそれを認めたくありませんでした。
結局は母親と同じでした。

また職場にとても嫌いな同僚がいて、よく友人にその同僚の悪口を言ったり、陰口を叩いたりしていました。

テレビでも嫌いなタレントが沢山いました。

それだけ、自分の中に嫌な自分を隠し持ってたということです。
当時は人に対してよくイライラしていたので、かなり性格の悪い人間だったと思います。(今では多少は良くなったと思いますが、まだまだ性格の悪さは残っています)

親を殺す子供

先日ニュースで、70代の母親が、40代の息子に殺される事件が報道されていました。

殺した理由は、無職だった息子に母親が、仕事をしろ、と言ったことが原因とのことです。

これだけ聞くと、どれだけバカ息子なんだ、と一般の人は思うでしょう。

しかし、息子にすれば、最も言われたくない人からの一言だったのだと思います。

息子の心中を代弁すると、おまえのせいでこうなったんだよ、という心の叫びが聞こえてきそうです。

私の勝手な推測ですが、母親自身も社会に出て働くことが苦手で、それを息子がコピーしている可能性があります。

そんな母親が自分に社会性がないことを抑圧して、息子が気にしている無職であることを指摘すれば、長年溜まった怒りが爆発し、殺しにまで及んでしまうということは十分考えられます。

子は親の鏡と言いますが、子供に殺されるということは、自分の無意識に殺される一種の自殺のようなものではないでしょうか。

親から愛情を感じている子供が親を殺すことは絶対にありません。
(安楽死など特殊な状況は除きます)

これに限らず、親が子を殺すという事件の報道も度々目にします。
見たくない自分を子供に見て、喧嘩が絶えず、挙句の果てに殺してしまうというのは愚かとしか言いようがありません。

また幼児を虐待してしまう親も、自分の心の中の探求が足りないと思います。

自分の子供に対して嫌悪感を感じ、虐待行為にまで及んでしまうなら、自分の心の治療が早急に必要であり、心が安定するまでは、子供と離れて暮らさなくてはなりません。

虐待を受けた子供の心は重大な障害を持って、その後の人生を苦しめるでしょう。

とは言え本人は制御不能の状態に陥っていると思われます。
第三者が気付いて間に入るしか、虐待は止められないかもしれません。

自分が虐待してしまうことを悩んでいる状態なら、とにかくまずは誰かに相談してみて欲しいものです。

まとめ

親子で起こる殺人事件は珍しいものではありません。

学校で銃乱射事件を起こした子供が、まず家で親を撃ってから出かけたということもありました。

与えた憎しみが自分に返ってくるわけですから、子供に殺される親は自業自得としか言いようがありません。

もちろんそんな親から離れなかった子供にも問題はありますが、親から社会で生きて行くための社会性を学ばせてもらえず、飼い殺しのようになってしまった結果として起こる問題のような気がしてなりません。