あがり症の治し方!薬を使わず克服!視線恐怖症の私が思う事

黒猫の目 あがり症・視線恐怖症

あがり症というのは、対人恐怖症や視線恐怖症などを含んだ言葉だと思います。

視線恐怖症には「自己視線恐怖症」と「他者視線恐怖症」という2つの種類があります。

「自己視線恐怖症」は自分の視線が他人に不快感を与えてるのではないかということが気になり、「他者視線恐怖症」は他人の視線が怖かったり気になったりします。

私の場合は「他者視線恐怖症」で、「自己視線恐怖症」の症状はありません。

ですから私が視線恐怖症と言う場合は「他者視線恐怖症」のことを言ってると思ってください。

視線恐怖症は社会不安障害に分類されます。

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周りから視線が突き刺さってくる感覚

私は一歩外に出ると、いつも誰かに監視されているようで落ち着きませんでした。
玄関のドアを開けると四方八方から視線が注がれているような感覚に襲われます。

いつもその見えない視線を振り払って外出するという感じです。
この感覚はいまだにあります。

この「誰か」という存在のベースにあるのは、私にとって母親でした。

テレビを見ていると、母は「あー○○さん笑った」とか「むっつりしちゃったよ」など、人の表情や感情にとても敏感に反応していました。

私はテレビは好きですが、いつの頃からか、母が見ていると、笑うのをガマンするようになっていました。

テレビで面白い場面があると、母は必ず私の顔をチラっと見て表情を確認するからです。
「笑ってる」と母に思われるのは、なぜか屈辱的なことでした。

私は、他人は皆自分の事を監視し、私の変化や欠点を指摘しようとしていると、無意識に感じていたのでした。

これが私の視線恐怖症の正体だと思います。

思春期が最もひどかった

視線が最も気になったのは十代の後半くらいだったと思います。

学生の頃初めてウォークマンを買ってヘッドホンをつけて電車の中で音楽を聴いていると、向かいの人が私をじっと見ているような気がします。

私はヘッドホンが何かおかしなことになってるのか気になって音楽どころではなくなります。

ちらっと斜めを見るとその人も自分を見ているようです。

私は耐えられなくなって、目的地に着いていないのに電車を降り、トイレに入って鏡を見てみました。

しかし、特に変わったところはありません。

自意識過剰と言ってしまえばそれまでですが、このようなことが頻繁にありました。

20歳になる頃には、このようなことは無くなりましたが、その後は書痙(しょけい)という形で症状が現れてくることになります。

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あがり症・視線恐怖症の克服

全く視線が気にならないようにするということはほぼ不可能だと思います。

視線が気になる元となった幼少の頃の記憶は変えることができないからです。

一つには視線を感じながらも、その中で自分の行動を制限されないようにしていくということが克服への道になります。

私の場合、視線が極度に気になるという場面は限られているので、そのときに薬を飲むことで対処してきました。

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薬を使わず人前で話せるようになる為には

例えば人前で臆せず話せるようになりたいと考えた場合、視線恐怖症や対人恐怖症等のあがり症に悩んでいる人が、明日からいきなり大勢の前でスラスラ話せるようになるということは無理でしょう。

大勢の前で話しても平気になるには、第一段階として、人前で話すことを恥ずかしいと思わなくなることが必要ではないでしょうか。

しかし多くの人がこの第一段階を飛ばして、いきなりうまくスピーチしたいと考えてしまいます。

まずは羞恥心を捨てる

会社によってはこの第一段階を経験させるために、最初の研修で、駅前で知らない人達の前で大声で歌わせるとか、大自然の中で新入社員全員で共同生活し、大声で自己紹介したりスピーチさせるとか、接客業なら講師を招いて、笑顔を作り大きな声で「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」という練習を繰り返すなど、とにかく羞恥心を捨て去る訓練をします。

この第一段階を経験し、恥ずかしいという感覚を弱められれば、次の段階として人を笑わせたり、人の心に響く話術を身につけることにより、人前でスムーズに発言したりスピーチできるようになっていくと思います。

スピーチする人のシルエット

自我を再構築する

しかしあがり症の人がこの第一段階を経験することは、非常に大きな心の苦しみ、痛みが伴います。

新しい自分を作るということは、古い居心地の良かった自我を再構築するということです。

最初に、人を警戒する、という反応をコピーした人は、それに従って、相手を十分に理解できてから話すとか、自分が傷つかないということを確認してから話すなど、自分にとって快適な自我を構築した結果、積極的なコミュニケーションが取れなくなってしまっています。

快適さを持続する為に、積極的にコミュニケーションせず、傷つくことを防いでいるわけです。

そういう人でも、場合によっては、自分のやりたいことの為に、どうしても自我の大手術が必要だと考える人もいます。

人格を変えるということの意味

人格とは記憶の集積です。

一度記憶したものは催眠だろうが何だろうが、変えることはできません。

これは無意識にある記憶本体の話です。
人間は生まれてから現在までのすべての記憶を忘れず、保持しているとのことです。
(記憶が脳内にあるとすれば、胎児の頃に脳が形成された時から記憶があるはずです)

強い感情を伴った記憶ほど、思い出しやすく、感情を伴わない記憶ほど、思い出しにくいらしいです。

感情は人それぞれ違うので、2人の人が同じ場所で同じ体験をしても、一方は楽しい体験として記憶し、もう一方は悲しい体験として、記憶しているかもしれません。

記憶本体は変えることができませんが、顕在(けんざい)意識は時折、記憶を改竄(かいざん)します。

セルフイメージに都合のいいように記憶を変え、過去の出来事が美化されたり、歪められたり、無かったことになったりします。

時には解離による記憶喪失のように、ごっそり顕在意識から消される場合もあるということです。
それでも、人格は記憶本体により作られています。
顕在意識に記憶がなくても、その人の性格による行動パターンは、無意識に刻まれているすべての記憶で決められます。

このことは人間を根本から別人格にすることは不可能、ということを表しています。
だからと言って、変えることが不可能なわけではありません。

単純に言ってしまえば、仮に古い記憶に辛い体験が沢山あり、暗い性格になっていたとしても、それを上回る楽しい記憶を沢山積み重ねれば、明るい性格になれるということです。

短期間で変わる為には思い切ったことをする

短期間で成果を出す為に、セミナーなどに参加して羞恥心を捨てる練習をしたり、劇団に入って人前で大声を出すような練習をする人もいます。

要するに自分を変えたいという強いモチベーションさえあれば、思い切った行動を起こし短期間で自我の再構築ができるということです。

自我の再構築とは古い記憶の支配から脱して、新しい経験を元に行動できるようになることです。

強いモチベーションとは、ただあがり症を治したいという願望だけでなく、その先に目標があるということでしょう。

あがらない為のテクニックを学ぶ

薬を飲まず、自我の再構築のような大変なことはやりたくないという人は、下記のような効率的に考えられたテクニックを身につけるというのも一つの方法です。