子供のトラウマが性格に与える影響 犬として育てられた少年

犬と少年 各種恐怖症・神経症

犬として育てられた少年、自分の母親が殺される現場にいた少女など、幼少期の辛い体験がトラウマとしてどう子供に影響を与えるのかということを研究した人がいます。

ここではそれらのエピソードを紹介すると共に、トラウマについて考えていきたいと思います。

「犬として育てられた少年」は、精神科医でトラウマ研究の世界的権威である、ブルース・D.ペリー博士により書かれた書籍です。

子供のトラウマに関する表題を含んだ11のエピソードで構成されています。

どの話も衝撃的で考えさせられるものばかりです。

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解離とは?

2つ目のエピソード、「君のペースで」の中に「解離」の説明があります。

「解離」は脳の機能の一つで、現実に起こった危機から身を守る為の防衛手段です。

殺人現場にいた少女

サンディは3歳のときに、深刻なトラウマを抱えることになる経験をしてしまいます。

母親が知人にレイプされ殺される現場に居合わせてしまったのです。

チャイムが鳴らされ来客があり、部屋に居たサンディが母親のところに行ってみると、知人の男から、「お前のためなんだ」という言葉と共に、喉をナイフで切り付けられ、気絶してしまいます。

その間に母親は殺され、犯人は逃げ去っていました。

目が覚め、喉が渇いたサンディは冷蔵庫から牛乳を取りだし、飲もうとしますが切り裂かれた喉から牛乳が漏れてしまい、むせてしまいます。

それでも彼女は母親にも牛乳を飲ませようとしますが、彼女の記憶では、「ママは喉が渇いていなかった」ことになっています。

その後発見されるまで、手足を縛られ血まみれになった母親に寄り添い、泣きじゃくって半日もの時間を過ごしました。

3歳のとき、どれだけ自分が母親を必要としていたかを考えると、心が張り裂けそうになる思いです。

サンディが何故、喉を切られても生き延びられたのかは、脳が彼女を解離状態にしたことで説明されています。

幼い3歳の女の子が、この状況で怒りなどによる戦闘態勢に入ることは死を意味します。

筋肉を固くし、血圧を上げていたら、彼女は出血多量で死んでしまっていたでしょう。

現実と解離する、ということは、現実感を無くさせ、現実と切り離す、ということです。

これによりサンディには、周りがボーッとテレビや映画でも見てるような状態になり、恐怖感や感情が無くなり、血圧も下がります。

解離の状態では、脳が負傷に備えている為、脳内物質の分泌により、痛みも感じにくく、出血も最小限に抑えられ、それにより、サンディが生き延びることができたと、考えられています。

トラウマの苦しみ

しかし、その後このトラウマによる、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しめられることになります。

チャイムの音に怯え、牛乳は飲めなくなり、「お前のためなんだ」という、犯人の言葉をブツブツ呟くなど、異常行動を繰り返します。

トラウマを抱えた子供が、その後も、この解離状態になる現象がしばしば見られるとのことです。

授業中にぼーっとし続け、反応が無いなど、現実から解離をすることにより、見えない恐怖から身を守ろうとしているようです。

解離自体は誰にでも起こりうるものですが、何もないのに頻繁にこの状態になるようだと、解離性障害と診断されるようです。

人格が解離してしまう、解離性同一障害は、解離の中でも最も症状が重いもので、離人症・離人症性障害も、解離性障害の一種とのことです。

スキンシップへの飢え

「犬として育てられた少年」の4つ目のエピソード、「接触への飢え」では、愛に飢えた子どもを立ち直らせるスペシャリスト、ママPという人物が登場します。

著者のブルース・D・ペリー博士にも、大きな影響を与えた人物です。

ママPは心理学的な知識はほとんど何も持っていません。
しかし沢山の里子を育てた確かな経験があります。

ネグレクト(育児放棄)などにより、里子に出され、不安に怯える子供を、赤ん坊のように抱きしめたり、添い寝することで、子供の心の傷を癒す術を身を持って知っています。

7歳のロバートは実母に虐待され、施設や里親をたらい回しにされ、7年間愛情を注がれずに育ち、多くの心理的障害を抱えママPの元にたどりつきます。

彼女はロバートがイライラしたり怯えていると、抱きしめ、布団に入れて背中を撫でてあげます。

しかし7歳の男の子が、養育者と同じベッドに寝ることは、当時米国の医療スタッフから見ても、好ましくない行為と思われていました。

わいせつ罪で訴えられた岩月謙司氏の問題

私はこれを読んで、「育て直し」で有名になった、岩月謙司氏(元香川大学教授)を思い出しました。

彼の著書を数冊読みましたが、彼の考え方はこのママPとほとんど同じだと思います。

しかし治療にスキンシップを取り入れた岩月氏は、患者の女性にセクハラとして訴えられ、裁判で争った末に、最終的には有罪判決を受けています。

一つの問題として、成人女性に対して、男性がスキンシップを治療に取り入れることは、非常に危険だということです。

私は岩月氏の考え方は全く間違ってはいないと思います。

しかし施術者が、1ミリでも異性として患者を見てしまったら、もう終わりです。

自分がたとえそう思っていなくても、女性の側に少しでもそういう目で見られたという意識があれば、治療は成立しません。

治療される側も心に問題を抱えている人達なので、どういう心理で岩月氏を見ていたのか、推察することが非常に困難だということもあります。

スキンシップの必要性と問題点

私はスキンシップという治療方法が成立するなら、薬などとは比べものにならない、多大な効果があると思います。

愛情不足で育った子供にとって、感情のこもったスキンシップほど安らぎをもたらすものは他にありません。

自分が小学生の時、自律神経失調症と言われた腹痛も、誰かに抱きしめてもらえたならば、あっという間に治ったのではないかと思います。

人はいくつになっても子供の心を持っています。
記憶は変えることができないからです。

スキンシップを受けた記憶が乏しければ、いくつになってからでも、その記憶を埋めるためのスキンシップは必要だと思います。
(ただし完全にその経験が無い場合、逆効果になる恐れがあります)

できれば子供のうちは、できるだけ治療にスキンシップを取り入れて欲しいと、個人的には思います。

しかし10歳を過ぎれば、スキンシップは性的欲求と混同されてしまいます。

思春期が近づく年齢になったら、単純な肌の触れ合いさえ、色々と面倒な問題を引き起こしかねません。

自立してからまだその欲求が強いなら、それ以降は自分でパートナーに求めるのが最善の手段だと思います。

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